Torso



                              第三話/変化−It breaks〜1st



 ばたりと、音が病んだ。
 倒れ伏す男を一瞥すらせず、俺はまだ煙を上げる銃身を外套に戻す。
 知らず知らずのうちにため息が漏れた。
 これで何人目だろう。
 『アルト』の残党の追跡は、執拗だった。
 かなりの広範囲に渡って網をかけているのか、昼夜を問わず襲撃者はやってくる。専門の訓練を受けた暗殺者ではなく、そこらに一山いくらで転がっている輩だったが、数というのは純粋な力になる。
 旧市街の半分を治めていたという組織の実力は張子ではなかったということか。トップが死んだというのに、さしたる混乱もないように思える―――もっとも、それこそ幻想なのだろうが。
 ミハイルの言っていた『次の自分』―――それが本当なら、彼は何度も死んできたということだろう。そしてそのたびに彼は復活してきた。アルトに属する誰もがそれを信じているに違いない。不死身の統率者こそがアルトの結束の象徴。
 決して現れない救世主を、彼らは信じて待ち続ける。
 そこで、ふと疑問が浮かぶ。
 以前の俺ならこんなことは考えなかった。
 そもそも自分が生きるか死ぬかすら興味の対象から外れていたはずなのに。いや―――興味なんてものを考えること自体、ありえなかった。そんなものは俺にはなかったはずだった。襲撃者の行動が何に支えられているかなんて、ほんの少しも考えたことがなかったはずだ。
 何人殺しても、そこに何かを感じたことなどなかったはずなのに。
 なぜ俺はそうまでして生き延びているのか。生き延びようとする意志など、いや、意志というものすら知らず、殺すうちに面倒になって、殺されているのがギルィ=ストークという生き方だったはずなのに。
 ―――『俺』などというもののことなんて、何一つ疑問に思うことはなかったはずなのに。
 負った傷からの出血のせいなのか。
 それとも、思考に身体がついていけないのか。
 ぐらりと身体が傾くのを、とめることが、できない―――
 地面に膝がついたことを、感覚ではなく自分で見ることで知る。気配に見上げれば霞む視界に、今の様子をずっと物陰から見ていたのだろう新たな襲撃者の姿が映った。
 粗悪な銃身を構えた、まだ幼さの残る少年がそこにいた。まだ人を殺したことがないのかもしれない。俺と目が合っただけでびくりと震える。
「あ……」
 こぼれた声には明らかな怯えの色。隠そうとしても隠せない震えが銃口を揺らしている。
「……お前が、俺を殺すのか」
 疑問ではなくそれはただの確認のようなものだった。
 瞼を下ろして、そのときを待つ。
 そう。
 これが、俺だ。
 人を殺すときも、自分が殺されるときも、何もかもに無関心でいられる。
 そんな俺のままで死んでいけるのなら、俺は―――
「―――ぁ―――」
 少年の口から何かが漏れ、引き金にかかる指に力がこもるのがわかり―――空気に何かが疾って、俺に熱い液体が降りかかった。
 俺に突き刺さるはずの弾丸は、いつまで待っても訪れる気配がない。 
「―――まだ、生きていますか」
 目を開くと、ついさっきまでそこに立っていた少年は首を失って倒れ、代わりに黒い服の少女がいた。 
 少女の手には肉を断つときに使うような、奇妙に湾曲した大振りのナイフが握られている。 
 状況を理解できずにいる俺をどこまでも深い黒瞳で見下ろし、黒髪を風に揺らす少女はひどく平坦な声で問いかけてくる。
「まだ生きていますか?」
 傍らを見れば、身体から断たれた少年の首が、目を見開いてこちらを凝視している。外套の隙間から染み込んだ鮮血が身体を伝うのを他人事のように感じた。
 僅かな動きすら起こさず、少女が三度目の問いかけを投げる。
「まだ、生きていますか?」
 なぜだろう。
 いつもどこからか俺を見ている翡翠の視線が、その答えを待っているように思えた。
 次第に飲まれていく意識に逆らって、俺は最後の力で呟くように口を動かす。
「―――さあ。わからない」
 



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