Torso
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/記憶−Strange View〜幕間
―――亀裂から、ありえないいつかを覗き見る夢を夢に見た。
そこは穏やかな庭園であり、平穏を描いた墓場。
創造者のために散った者の羽根が眠る場所。
中央に設置された真新しい円柱形の空水槽を囲み、いくつもの墓石が静かに時を刻んでいる。
「クライム。やっぱりここにいたのね」
墓石の前に立つまだ僅かに若さを残した科学者を、同じような白衣を着た彼女はそう呼んだ。
「マリアか……開発主任着任、まずはおめでとうと言っておこう」
「何よ、その含みのある言い方は」
「含みがあるからそう分かるように言ってやっているだけだ。お前の祖父は今のお前なんかより遥かに―――」
「有能な科学者だった、でしょ? でその後に続くのは『まあ俺に比べればたいした科学者じゃないが。お前はその有能な爺よりも有能な科学者の下で学んだんだから云々』。もう聞き飽きたわよ」
あんたにかなう奴がいるなら見てみたいわ、と愚痴をこぼす。
それに苦笑し、クライムと呼ばれた科学者はふと疑問を口にする。
「ジョルレイルはどうなったんだ? 確かあいつの研究室に配属されていたんだろう」
「今回のは正式配属じゃなくて技術交換のための一時的なものよ。どうせ天使開発が始まったらまた毎日のように会うことになるんだし。技術交換だって名目で、本当は天使開発に余計ないざこざを起こさないようにあらかじめ慣れさせとくためなんでしょ?」
「俺の生徒はなんでこう皆してそういうところばっかり気が付く奴が多いんだ……お前の爺さんも可愛げのない奴だったけどな」
「どうせ私たちはパレント博士みたいに“可愛い”大人じゃないわよ、このロリコン」
「な……! お前、俺のどこがロリコンだと」
「博士の女性型はなんでこんな外見なんだって上層部が頭悩ましてるなんて皆知ってるわよ? これで天才じゃなかったらふざけるなって懲戒免職出来るけど、性能だけはピカイチだからどうしようもないって」
「いつも思うが平和な連中だな、あいつらは」
世界中が戦火の中にあるというのに、とため息を漏らす。
「で、お前は何で俺を呼びにきたんだ?」
「その平和な連中のお呼びよ」
変わらない口調でマリアは告げる。
「エンミアが消滅したわ。
対策を練るから至急本部会議室に出頭しろだって。上にはもう高速艇が待機してるから、本部まで半日もあれば着くわ。私も戻らないといけないから同乗させてもらうけど」
予想外の言葉にクライムの表情が引き締まる。
エンミアは彼が所属する大国に比べればやや劣るとはいえ、その国土からすれば過剰なほどの戦力を保有していた国だ。それが陥落するほどの戦闘が行われていればクライムの耳に入らないわけがない。
「エンミアが……陥落したのか」
「所属の分からない生体兵器による攻撃らしいけど、詳しい話は聞けなかった。あと陥落じゃなくて消滅よ。エンミアが存在した地域は文字通り全てが無くなって荒野になってるんだって。……"巨人"戦の時みたいにはいかないかもしれない」
まだ記憶に新しい危機にクライムは眉をしかめる。
「……分かった。すぐに行く」
一度だけ名残惜しげに墓石の群れを見渡し、クライムは歩き出す。
彼とすれ違う一瞬。
マリアは視線をそのまま墓石に向けたまま、ふと感じた疑問を投げる。
「貴方、なぜ戦うの?」
クライムの歩みは止まらない。無言のままマリアを通り過ぎ―――階段を半ばまで上り、足を止めた。
「約束だからな」
「約束……?」
「ああ。俺が作った奴らとの約束だ」
『わたしたちは』
『あたしたちは』
『オレたちは』
『僕たちは』
―――この戦争のために戦えば、少しは貴方の助けになりますか?
「あいつらは俺のために戦っている。あいつらを戦いのために生み出した、そんな俺のためにだ。だから俺はあいつらと約束をしているんだ。
お前たちが戦いを終えるまで、俺も戦う。
あいつらのような戦いは出来ない。俺は俺なりの戦い方しか出来ない。だが―――」
彼が背負っているもの。
同じ科学者のマリアにすら想像出来ない重さを持つそれを軽々と背負う賢者は、こともなげに言った。
「―――それが責任というものだろう?」
返答を迷うマリアが口を開くよりも早く、クライムは自分の生徒を促す。
「お前も早く来い。準備が済めばすぐに出発するぞ」
「……ええ」
扉に手をかけ、一度だけ墓地に振り向く。
形式ナンバーだけが刻まれた、名前のない墓石の群れ。
「………」
踵を返してマリアはクライムの後に続いた。
扉が閉まる。
小さな足音もやがて遠ざかり、墓地には再び静寂が満ちた。