Torso
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第ニ話/澱み−inside of....〜1st
「あの〜、もしもし?」
降ってきた声に意識が戻る。
深く暗い、海の底からゆらゆらと浮き上がる泡のように。ゆっくりと醒めた身体に血液が通い始める。
「あ、もしかしてもう死んじゃってる?」
深淵に似た漆黒のカーテンから赤がかった斑が滲み、やがてそれは一面を覆う。
ひどくイビツで、子供の落書きのような闇。
「もう、人の家の前で死なないでよー。後始末大変なんだから。しかも子連れ?」
それは闇と云うにはとても不出来で。
黒と呼ぶにはあまりに不恰好で。
だからこそ、生きている者が共有することができる世界。
―――薄く、目を開いた。
ぼやける視界の中、見知らぬ女が腰に手をあててこちらを見下ろしている。
「なんだ、生きてるなら返事しなさいよ」
「………」
そのまま目だけを動かして辺りを見回した。
最後に意識を失ったのと同じ、薄汚れた裏路地。夜明け独特の冷たく澄んだ空気。わずかに吹く風が頬を撫でて髪を揺らし、そして。
「………」
横を見ると、まだ幼い面影の少女が俺と同じような姿勢で壁に背を預けたまま、すうすうと寝息を立てていた。
「もしもーし。ちょっと聴いてるの? 喋れる?」
「ああ」
二つの質問。そのどちらにも、という意味を込めて頷く。
「もう、こんなところで何してるのよ?」
「さあ」
「さあって…自分のしてることもわかんないの?」
「いや」
解らないわけじゃない。
「……知らないだけだ」
女は怪訝そうに眉をひそめ、まじまじと俺の顔を覗きこんだ。
「それってどういう―――」
「―――お姉ちゃん、どうしたの?」
新しい参入者の声に顔を向ける。
見れば、俺が背にしていた壁の窓から女より少し年下の少女がこちらを不思議そうに眺めていた。
「……お友達?」
「あー、さすがにこんなの友達にしときたくないわね。なんか鬱入ってるし」
「じゃあ―――あ、恋人さんとか」
妙に嬉しそうに少女は胸の前でぽん、と両手を合わせた。
「あんたね…」
「あはは、冗談だよ」
呆れる女に、少女は邪気のない笑顔を浮かべる。
その様子を、何を思うでもなく呆と見ている。
「あ、そうだ!」
「ん、どしたの? また妙なことでも思いついた?」
「……また、は酷いと思うよ、お姉ちゃん」
「でもあんたの思いつくことって大抵は変なことばっかでしょ?
……で、なに?」
「その人、朝ご飯に招待してあげようよ!」
少女は無邪気に言った。
「はあっ!? ちょっとちょっと本気なの? あんたがいつも連れこんでる犬猫とは違うのよ?」
「まあまあ、似たようなものだよ、お姉ちゃん。どうせ手間は一緒だし。ね?」
窓枠から身を乗り出し、なぜか俺を見下ろして期待に満ちた目で少女が微笑む。
―――もう、限界だった。
「あ―――」
立ち上がり、無言で背を向ける俺に妹の方が何か言いかけて、やめる。
二つの視線を感じながら、俺は足早に路地裏を後にする。
何故か、ひどく気分が悪かった。
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